

「出航」

DIYが趣味だ。
それを使って、たぬきで遊ぶのはもっと好きだ。

前は1匹の野良たぬきに、サイズを合わせた木製のたぬき小屋を作ってやったら大層気に入ったらしく、ヤドカリのように下半身を小屋に入れたまま生活していた。
羨ましそうに見てくる他所のチビたぬきには、
「さわるな…これはたぬきのおうちだし！」
いい歳した大人たぬきの癖に、みっともなく威嚇して見せた。
うんちやおしっこも小屋の中で行い、徹底的なマーキングで他のたぬきを寄せ付けなかった。
エサを取りに行って留守の間に、興味本位で小屋の中を覗き込んだ他の野良たぬきは、あまりの臭さに顔をしかめて近づかなくなっていった。
寝る時も食事の時もずっと小屋の中にいるので運動不足な上、下半身はもう排泄物まみれなのだが気にしないのかなと思っていたら、
ある日様子を見るために通りかかると。
「抜けないし…助けてし…」
太り過ぎて抜け出せないらしく、完全に小屋と一体化していた。

当然、これまでの態度を鑑みれば誰も助けるわけがなかった。
自業自得といえる結果だったので特に何もせずに通過し、さらに後日通りかかると。

ぼろぼろの小屋と、上半身を喰われて喪失した断面が入り口から覗いていた。

下半身が小屋の中なので何の抵抗もできずにたぬきもどきに喰われたのだろうが、食い進めるうちに小屋の中の異常に気がついたのか途中で食い残されたようだ。
もどきにすら嫌がられるとは、小屋の中はよっぽど劣悪な環境らしい。
小屋の残骸には近づかないよう心がけたが、その後周辺のスラムでたぬきの間に変な病気が流行ったと聞いた。


今度は大きめの木材が手に入ったので、イカダを作ってみた。
成体たぬきでは2匹が限度だが、チビたぬきなら5〜6匹は余裕で過ごせるサイズだ。
ちょうど4匹の子を連れた親たぬきがいたので、見せてやる事にした。
「どうだい。立派なもんだろ？」
「すごいし………えっと、これなんだし？」
そうか。たぬきは用途がわからないのか。
なら実際に見せたほうが早い。
幸い、この辺りの公園は巨大な湖があり、その周囲はランニングコースになるほど広い。
ワクワク、そわそわするチビたぬき達をイカダに載せてやる。
そっと押すと、イカダは風に乗って湖の上を進んでいく。
どんどん岸から離れ、チビたぬき達が両手を振りながら喜んでいる。ように見える。
「これでチビ達はもどきに襲われなくて済むぞ！」
「なるほどし…助かったし…」
親は納得しているようなので、これで良かったんだろうきっと。
「ほとりからずっとチビ達の様子も見れるしな」
「ふむふむし…元気そうだし…」
そのうち色んな問題が発生すると思うんだが、そして幼いチビどもは対処できないと思うんだが。
この親たぬきはどこまで考えているのだろうか。
しばらくの間、チビたぬきの様子を観察する事にした。


ｷｭｳﾝ､ｷｭｳｷｭｳ…(どんどん離れていくし…)
ｷｭｷｭｰｳ…(ままが遠いし…)
ｷｭｯｷｭｷｭｱｰｷｭ…？(これ帰れるのかし…？)
ｷｭｷﾞｭｯｷﾞｭ…ﾀﾇｰ(風が強いし…ﾀﾇｰ)
のんきな親に比べて、子供達の方がずっと危機感がありました。
それでも今まで体験したことのない、大量の水の上を移動するという行為は気持ちの良いものでした。
しばし波に揺られ、チビ達は穏やかな時間にまったりしてしまいます。
しかし少々風が強いので、ぶるっと震えた1人のチビたぬきは突然、尿意を催しました。

ｷｭｩｩｰｷｭ？(おしっこどうするし？)
ｷｭｯｷﾞｭ、ｷｭｷｭｷｭ！(下は全部水だから、ここからしちゃえばいいし！)
ｷｭｳﾝｷｭｳｳ〜(おしり丸出しは恥ずかしいしぃ〜)
ｷｭｷｭｯｷｭ…ｷｭｰｷｭｷｭｷｭ…(言ってる場合じゃないし…ほらさっさとやるし…)
1人がパンツをずらしてチョロロロ…と水面を波立たせると、つられて他のチビたぬきもイカダの端に寄ってお尻を出しました。
液体同士がぶつかり合う音の中に、プリップリッ、と破裂音が混じります。
スッキリしたら、なんだか眠たくなってきました。
お日様もあったかくて、とってもいい気持ちでした。
この広さじゃ全員でうどんダンスもできないし、たまにはノンビリたぬきもいいもんだしと全員がうたた寝を始めます。


いつもならば、とっくにお昼寝の時間だったのでチビたぬき達はたぬき玉を作って、本格的に眠り込んでいました。

やがて、最初に目を覚ました末っ子のチビが他のチビを起こして言いました。
ｷｭｷｭｰｳﾝ…(喉かわいたし…)
姉妹の中の1人が、さも名案のように両手をあげて答えます。
ｷｭｯｷｭｰ!ｷｭｰｷｭｷｭｷｭｯｷﾞｭｳ！(ここの水のむし！いっぱいあるから飲み放題だし！)
…ｷｭ､ｷｭｷﾞｭｰｷｭｳ…(…でもさっき、ここにおしっこしちゃったし…)
ｷｭｷｭｰ…(実はうんちも…し…)
恥ずかしそうに、もう1人のチビが申告しました。
ｷｭｯ…ｷｭ…(あっ…し…)
流石に学のないチビたぬき達といえど、すぐにここの水に顔をつけるのはためらわれました。


しばらく寝ていたようだが、イカダの上のチビ達が何事か騒いでジタバタしているのが見える。
何を言っているかは聞こえない。
多分何らかのトラブルが発生したのだろう。
傍に立つ親たぬきへと視線を落とす。
「あのイカダっていうの凄いし…チビがジタバタしてもビクともしないし…」
親たぬきは顎に手を当ててモチモチさせながら感心し、眺めるばかりだった。
作り手としてはいい着眼点だと嬉しくなるのだが、おまえ親としてそれはいいのか？と男は思わずにいられなかった。


イカダは波に揺られて移動しているので、元いた場所はわからないけれどもう大丈夫だろうと判断して、チビ達は水面に乗り出し、顔をつけてゴクゴクとお水を飲み始めます。
特別美味しくはないですが、何とか飲めそうでした。
しかしそうなると、ｷｭｩｩｰと誰かのお腹が鳴りだします。
ｷｭｩｩｰ…(おなかすいてきたしー…)
ｷｭｳﾝｷｭｷｭｷｭ…？(ごはんどうするし…？)
ｷｭｯ…ｷｭ…(あっ…し…)
　

ｷｭｷｭーーーー！ｷﾞｭｷﾞｭｳーーーー！(ままーーーー！ごはんーーーー！)
みんなで声の限り叫びましたが、遠くで微かに見える親たぬきは両手を振り返してくるだけでした。
ｷﾞｭｴｴ…ｷﾞｭｷｭｯｷﾞｭ…(ダメだし…わかってないし…)
ｷｭｰｷｭｳｳ…(いい気なもんだし…)
ｷｭｷﾞｭｯｷﾞｭｷｭｰｷｭｳｳ…(かわいいチビ達がたいへんな目にあってることわかってないし…)
ｷｭｷｭ、ｷﾞｭｳｰｷｭ…(まま、あたま弱いし…)
意外と辛辣なチビ達でしたが、嘆いていても仕方がないので食べられる物を探すことにしました。
湖の上とはいえ、食べられそうな藻も見当たらず綺麗な湖面には何もありません。
が、ゆらっと動く影を1人のチビは見逃しませんでした。
…ｷｭｷﾞｭｯｷﾞｭ…(…さかながみえるし…)
早速、湖面にしっぽを浸けてみます。お尻をふりふり、ゆらゆらさせてみると。
かぷ！何かがしっぽに食いついた気がするし！
チビたぬきはすかさずお尻を振り上げました。
食いついていた魚がびっくりして口を離し、その身がびたん！と奇跡的にイカダの上に投げ出されました。
ｷｭｰ！ｷｭｯｷｭｳ！(おー！釣れたし！)
ｷｭｷﾞｭｰｷｭ！(すごいし！)
ｷｭｩｩ、ｷｭｳ！(おまえ、やるし！)
ｷｭｷｭｷｭｷｭ…(えへへし…)
賞賛を受け、紅潮した頬を周りの姉妹にモチモチしてもらい照れるチビたぬきでしたが。
…ｷﾞｭ、ｷｭｷﾞｭｳｳﾝ…？(…で、これどうやってたべるし…？)
ｷｭｯ…ｷｭ…(あっ…し…)

かぶりつくのはダメだろうか。
ひとまず釣り上げたチビたぬきは、イカダの上でびちびちと跳ねる魚を抱えあげますが、
つるん、と手の上から滑り落ちた先は水面でした。
水を得た魚はやれやれ、といった様子で悠々と泳いでいきます。
ｷﾞｭｳｳ…ｷﾞｭ…(ああっ…しぃ…)
やってしまった。
みんな、お腹がすいているのに。
手の届かない所へ行ってしまった魚を悔しそうに見送り、やらかしたチビは四つん這いの姿勢で目に大粒の涙を溜めます。
ｷｭｯｷｭｷｭ…(だいじょぶし…)
大事な食料を落としてしまったチビたぬきを、誰も責めませんでした。
それどころか落ち込む背中や、涙に濡れるほっぺを、再びモチモチしてくれました。
ｷｭｷﾞｭｳｳｷﾞｭ！(また釣ればいいんだし！)
ｷｭｷｭｳ！ｷｭｯｷｭｰｯｷｭ！(そうだし！それから考えるし！)

気を取り直して、今度はみんなで釣る事にしました。
さっきのはかなり大きかったので、あれぐらいのが1匹でも釣れればみんなお腹いっぱいになれます。
しかし、最初のはビギナーズラックである事をチビ達は知りませんでした。
というか、そんな概念すら知るはずもありませんでした。
「ｷｭｳﾝ〜ｷｭ〜ｷｭｳ〜♪」
鼻歌のような鳴き声と共にお尻をふりふりしていたチビたぬき達でしたが、
1人は釣り上げる際にバランスを崩し、足を滑らせて湖面に飲み込まれてしまいました。
ビックリして、末っ子のチビたぬきはうつ伏せに倒れ込み、海老反りのような姿勢で手足をジタバタし始めます。
その間に、もう1人は釣り上げた勢いで背中合わせのチビと後頭部から衝突し、お互いに痛みと衝撃にビックリしてまたも湖面に転げ落ちてしまいます。
残されたのはジタバタしていた1番幼いチビたぬきだけで、小さな身体ではどうする事もできません。
身を起こしたものの、頭を抱えて丸くなりながら、あっぷあっぷと溺れる姉妹が力尽きていくのを眺めるしかありませんでした。
ｷｭｯｷｭｯｷｭｳ…！(あっあっあぅ…！)

ｷﾞｭｳｳｳｳ､ｷｭｳ…ｷﾞｭｯｷﾞｭｳｳ…！(おねえぢゃん、やだじ…チビ置いてかないでじ…！)
誰もが返事をする余裕などはなく、けれど足のつかない湖の上でイカダへと近づく事もできないまま、涙に歪む末っ子チビの視界の中で姉妹達は沈んでいき、2度と帰っては来ませんでした。


大方、食料として魚でも釣ろうとして失敗したんだろうな。
3匹が湖底に沈んでいく様子を見て、このイカダをプレゼントとして心底良かったと思えた。
そろそろ暗くなる頃合いだが、明日は雨って言ってたから残ったチビはずぶ濡れだろうな。
男は満足して帰る前に、我が子の危機を前にしてやけに大人しすぎる親たぬきはどうした事かと再度視線を落とした。
「ｽﾋﾟｰ…ﾀﾇｩ…ｽﾋﾟﾋﾟｰ…」
親は見守るのに飽きたのか、座り込んで船を漕いでいた。
子供はイカダの上と下で漂流しているというのに。
まあいいか。目が覚めれば事の重大さに気がつくだろう。
…気づくよな？流石に。


翌日、湖の上で漂うイカダは大雨に曝されました。
しっぽどころか全身ずぶ濡れで、モチモチし合う姉妹もいません。
孤独に陥った末っ子チビは、鼻水を垂らしながら、ぶるぶる震えて雨が過ぎるまでがまんし続けました。
1人ではたぬき玉も作れないので、しっぽを強く抱きしめて丸くなっています。
ｷｭｷｭｳｳ…ｷｭｰｷｭ…(ひとりじゃさびしいし…おなかすいたし…)
最後の寄る辺である親たぬきといえば、
「ひぃぃーしっ！濡れちゃうしぃぃ！」
と言いながら頭を両手で抑えながら何処かへ駆けていってそれっきりでした。


大雨を生み出していた黒い雲が、ようやく流れ去って。
イカダは相変わらず、湖の上を当て所なく彷徨っています。
孤独な末っ子チビたぬきは、足としっぽを両手で抱え込み、無言で湖を見つめ続けていました。
高熱なのか、空腹なのか。
それともイカダの漂う湖面が大雨の増水により、荒れ狂っているからなのか。
末っ子チビの視界が徐々に大きくブレ始め、沈んでいった姉妹が見えた気がしました。
実際、沈んでいった３つの遺体がぷかんと浮かんできたのでした。
ｷﾞｭｷﾞｭｳｷﾞｬ…ｷｭｯｷｭｼ…(おねえぢゃん…そっちいくし…)
少しだけ喋れるようになりながら、末っ子チビたぬきはフラフラとイカダの上から身を投げ、姉妹の所へと行ってしまいました。


「ふぅ…雨やんだし…あれ？チビ達どこいったんだし？」
訳のわかっていない親たぬきがほとりに戻ってきて、きょろきょろと湖を見渡します。

何も載せていないイカダだけが、湖の上をゆらゆらと漂い続けていました。


オワリ
